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東京地方裁判所 昭和46年(刑わ)7090号 判決

主文

被告人は無罪。

理由

第一  公訴事実

本件公訴事実の要旨は、「被告人は、ほか数名とともに、昭和四六年一一月一九日午後九時ころから同一〇時四六分ころまでの間、千葉県東葛飾郡浦安町猫実八二〇番地先付近から東京都台東区上野公園一番六五号所在警視庁上野警察署公園前派出所北側植込付近に至る間の路上等において、警備中の警察官に対し共同して危害を加える目的をもつて、火炎びん一五本を所持して集合移動し、もつて他人の身体に対し共同して害を加える目的をもつて兇器を準備して集合したものである。」というのである。

第二当裁判所の判断

一被告人に対する逮捕、勾留ならびに捜査の経過

〈証拠・略〉を総合すれば、次の諸事実が認められる。

1  警視庁上野警察署巡査茂庭主征は、昭和四六年一一月一九日午後一〇時四六分ころ、同日沖繩返還協定に反対しこれを阻止するため日比谷地区周辺等東京都心部で行なわれたいわゆる過激派の実力闘争に伴う違法事犯に備えて、同僚二名とともに管内を警備巡視中、同都台東区上野公園一番六五号同署公園前派出所北側植込付近歩道上において、同所に屯していた男女各二名計四名の若者が俄かにその場から立ち去ろうとするのを約五〇メートル前方に発見し、時間や場所柄をも併せ考え不審を抱き、職務質問を行なうべく同人らに近づこうとしたところ、同人らは一せいに京成上野駅方面に通ずる階段を下り、右階段下の都電通りに面した横断歩道渡り口付近で同所にいた若者二名と入り混つたうえ、そのうちの男一名即ち被告人が、女一名とともに右横断歩道を渡り、そこで右女と別れ単身昭和通りを東方に向つて走り出したので、いよいよ不審を深め、被告人に対し停止を求めるべくその跡を追つたが、たまたま途中の路傍にあつてこれを見かけた岡庭恒雄において同巡査に協力し追跡に加わつたものの、結局は被告人を見失うに至つた。ところが岡庭恒雄は、その後暫くして上野公園近くの前記都電通りにおいて再び被告人を発見したので、被告人を警察官に引き渡そうと考え、巧辞をもつて一先ず同都文京区湯島三丁目三四番二号の自宅前路上まで被告人を誘い、同所において被告人を取り押えつつ父岡庭春雄を呼び出し、同人に対し以上の経過の概要を説明して協力を求めた。そこで岡庭春雄は、右恒雄をして一旦被告人から離れさせたうえ、被告人から事情を訊そうとしたところ、被告人は隙を見てその場から走り出し、同日午後一一時一〇分ころ、約五〇〇メートル先の同区湯島三丁目三〇番六号湯島プラザホテル前路上において、これを追つて被告人に立ち向つた岡庭父子に対抗し、付近にあつた長さ約一メートル、直径約三センチメートルのプラスチック製パイプを手に持つて殴りかかり、岡庭春雄に対して全治約一週間を要する右前膊および手背、手指打撲症の傷害を負わせたが、結局右岡庭父子によりその場で逮捕され、連絡により急行した上野警察署司法警察員に暴行、傷害現行犯人として引き渡された。

2  一方前記茂庭巡査は、さきに同夜同署管内国電御徒町駅付近で火炎びんが発見された旨聞知していたこともあり、前記のとおり被告人を見失つた直後、前記公園前派出所に電話し、右追跡の経過を報告するとともに同派出所北側植込付近の検索を要請し、これに応じて右付近を検索した同派出所の司法巡査において火炎びん五本在中のダンボール箱各一個宛を包んだ風呂敷包み三個を発見し、被疑者不詳に対する兇器準備集合被疑事件の証拠物として領置し、次いで同日午後一一時三〇分から翌二〇日午前一時二〇分にわたり、同署司法警察員により、同じく被疑者不詳に対する兇器準備集合被疑事件の実況見分として、右派出所北側植込付近につき右風呂敷包み三個の発見された当時の状況ならびに同都台東区上野六丁目四番一五号先通称アメ屋横丁付近路上につき火炎びん五本在中のダンボール箱一個を包んだ風呂敷包み一個の発見された当時の状況の各見分が行なわれた。

3  ところで、前記のとおり傷害現行犯人として逮捕された被告人は、住所、氏名等身分関係事項を含む一切につき黙秘を続けたが、この間同月一九日岡庭父子については司法警察員により詳細な供述調書が作成され、また同月一九日、二〇日にわたりプラスチック製パイプの領置手続がなされるとともに、同月二〇日岡庭春雄の診断書が作成され、その後上野警察署司法警察員より右傷害被疑事件の身柄付送致をうけた東京地方検察庁検察官は、同月二一日右事件につき被告人の勾留ならびに罪証隠滅の虞を理由とする接見等禁止を東京地方裁判所裁判官に請求し、翌二二日同裁判所裁判官により前記岡庭春雄に対する傷害被疑事実につき、刑事訴訟法六〇条一項一ないし三号の事由があるものとして勾留状が発付されるとともに、公訴提起に至るまでの間同法三九条一項に規定する者以外の者との接見および文書の授受を禁止する旨の決定がなされ、次いで同月三〇日、「本件は単純な傷害事件ではなく、いわゆる一一・一九事件(日比谷公園およびその周辺における兇器準備集合、公務執行妨害等事件)に関連するものと認められるうえ、本件傷害事件の直前に被疑者らが警察官に職質を受けて逃走した場所から火炎びん一五本が発見されている事情があり、それらの所持、運搬目的等も含めて真相を解明しなければ適切な処分ができない事犯であるところ、岡庭父子および被疑者自身につき追跡を受けて本件傷害事件を起すまでの経緯の詳細の取調べ、押収火炎びんなどの指紋などからする共犯者の解明の必要、関係者多数等の理由により、今後なお右裏付捜査に相当の日時を要する。」旨の理由を付した同検察庁検察官の請求に基づき、同裁判所裁判官により関係人、参考人取調べ未了の故をもつて翌一二月一〇日まで勾留期間を延長する旨の裁判がなされ、結局右勾留は同月一〇日るで継続されたうえ、同日本件兇器準備集合被告事件の公訴提起に伴い、同裁判所裁判官により同公訴事実による勾留状が発付されるとともに、右傷害罪による勾留については公訴の提起がないまま釈放処分がなされた。なお以上の捜査段階を通じ被告人には弁護人の選任がなされていない。

4  以上本件公訴提起に至るまでの傷害被疑事実に基づく勾留期間中の捜査状況をみるに、まず勾留期間延長前においては、一一月二三日、司法警察員より警視庁科学検査所長に宛て、被告人に対する傷害被疑事件に関するものとして、前記派出所北側植込付近およびアメ屋横丁付近路上で発見押収された火炎びん合計二〇本のうちの一本(この一本が右二ケ所のうちいずれで発見されたものであるかは明確でない。)の鑑定を請求し、同月二九日司法警察員により前記岡庭春雄についてプラスチック製パイプの確認に関する簡単な供述調書が、また翌三〇日検察官により前記岡庭父子について前記司法警察員作成の供述調書とほぼ同旨でより簡潔な供述調書が各一通それぞれ作成され、次に勾留期間延長後においては、一二月一日付をもつて前記鑑定嘱託に対する警視庁科学検査所長の回答がなされ、同月三日司法警察員により前記派出所勤務の伊藤光平巡査につき火炎びん発見当時の状況に関する供述調書の作成があつた他、逮捕後一三日間にわたる黙秘を解いた被告人につき、同月二日付、三日付、四日付、六日付(以上各調書の表題はいずれも傷害被疑事件)をもつて検察官の、同月三日付、五日付、七日付(以上各調書の表題は五日付、七日付分はいずれも傷害被疑事件、三日付分のみは傷害の下に同調書全体と明らかに異なるペンの色で兇器準備集合罪と書き添えられている。)をもつて司法警察員の各供述調書がそれぞれ作成され、同月六日付で被告人につき火炎びん受け取り場所の引き当り確認をした旨の司法警察員の捜査報告書が作成されている。

二被告人の検察官および司法警察員に対する各供述調書の証拠能力

1  傷害被疑事実についての逮捕、勾留の適否

前認定のとおり、被告人は逮捕以来勾留期間延長二日目に至るまで一三日間にわたり終始完全な黙秘の態度を貫き、その住所、氏名すら判明しない状況であつたうえ、犯行の態様も警察活動に協力しようとの善意をもつて被告人を追及した岡庭父子二名に対し、その追及をかわして逃走すべくプラスチック製パイプでわたり合い、そのうち岡庭春雄に全治約一週間を要する打撲症を与えたというもので、被告人の身許を確認し、犯行の動機や被告人と岡庭父子相互のわたり合いの具体的状況をさらに明確にする必要があり、かつ現に右逮捕、勾留期間中、捜査官において右傷害被疑事実に関し、被害者や兇器、受傷状況等を取調べるとともに、被告人の身許の割出しにつとめ、以上の点についても被告人の供述を録取していることなどを考え合わせると、右傷害被疑事件についての逮捕、勾留が違法不当なものであつたということはできない。

2  右逮捕、勾留期間中における傷害被疑事実捜査と兇器準備集合被疑事実捜査の相互関係

前記一の捜査の経過を総合すると、上野警察署においては、被告人が現行犯逮捕された当夜前記派出所北側植込付近およびアメ屋横丁付近路上で発見された火炎びん合計二〇本につき、当時の騒然とした治安状況下における悪質重要な公安関係事件であるとみて、当初被疑者不詳に対する兇器準備集合被疑事件として捜査を開始したが、被告人が傷害被疑事実により勾留された直後ころから、被告人が右各火炎びんと関係があるのではないかとの嫌疑をもつて、右兇器準備集合被疑事実を右傷害被疑事実と渾然一体の内容をなすものとの認識のもとに被告人の取調べにあたるとともに、被告人に対する傷害被疑事件の証拠資料として右火炎びん二〇本中の一本の鑑定嘱託を行なうに至つたものであることが認められ、このことは検察官においてもまた同様で、特に前記勾留期間延長請求書によれば、検察官は右傷害被疑事実による勾留を続ける中で、右兇器準備集合被疑事実についても被告人を追及して真相の解明にあたり、火炎びんの所持、運搬目的等を明らかにし、さらには共犯者の解明までをも遂げようとする意図であつたことが極めて明らかである。

ところで、前記のとおり、右傷害被疑事実に基づく勾留延長期間中、被告人については検察官調書四通、司法警察員調書三通が作成されているが、その内容を検討してみるのに、まず検察官調書については、(1)一二月二日付分は七枚六項目からなり、身許関係を簡単に述べたうえ、一一月一〇日の大阪市内における集会、デモ参加から同月一九日夜上野公園に至るまでの経過が述べられ、その全体が専ら兇器準備集合被疑事実に向けられた内容となつており、本調書が被告人の署名指印のある全供述調書中最初に作成されたものであるのにかかわらず、傷害被疑事実については寸毫も触れるところがなく、(2)一二月三日付分は二二枚一六項目からなり、そのうち九項まで一三枚半において一一月一〇日の前記大阪市内の集会、デモ参加から同月一九日新幹線で東京駅に到着するまでの経緯が、次いで以下末尾まで右同日東京駅を出て地下鉄等で移動した状況の詳細がそれぞれ述べられ、その全体が専ら兇器準備集合被疑事実に向けられた内容となつており、(3)一二月四日付分は一六枚一七項目からなり、そのうち九ないし一四項の七枚において、前記上野公園前派出所付近から茂庭巡査により追跡をうけた挙句、岡庭父子と争い暴行に及んだ傷害被疑事実に関する状況が述べられているが、その余は主として兇器準備集合被疑事実に関する内容となつており、(4)一二月六日付分は一四枚一三項目からなり、共同加害目的を中心として専ら兇器準備集合被疑事実に関する内容に終始している。一方司法警察員調書についても、その実状は概ね以上と同様で、一二月三日付分一六枚中傷害被疑事実に関する部分は三枚のみで、その余の一三枚、ならびに一二月五日付分五枚全部、一二月七日付分五枚全部は、専ら兇器準備集合被疑事実に向けられた内容となつている。そして以上の各検察官調書、司法警察員調書のうち、前記のとおり一二月三日付司法警察員調書の表題中傷害とある下に明らかに異なるペンの色で兇器準備集合罪と書き添えられている以外は、いずれも単に傷害被疑事件の表題が付されているのみであるが、右に見たとおり、その内容は専らないし殆ど兇器準備集合被疑事実に関するものであり、傷害被疑事実に関する部分はいわば付随事情的に付加されているに過ぎず、右各調書の表題としてはむしろ兇器準備集合被疑事件とすることこそその内容の実体に相応するものといつて過言でない。

また検察官からは、右傷害被疑事実についての勾留請求とともに接見等禁止の請求がなされ、裁判官によつてこれが容認されていることは前記のとおりであるが、既に詳述してきたような傷害被疑事実の内容や関係人の状況(被害者側の岡庭父子はいずれも上野警察署管内に居住して捜査については極めて協力的であり、被告人を追跡した茂庭巡査は同署勤務の警察官であり、その他直接の関係人はいない。)よりすれば、被告人について接見等を禁止しなければ右被疑事実の関係で被告人が罪証を隠滅する虞があるものとは到底認められず、当時捜査官側においては火炎びんを発見押収し兇器準備集合被疑事件の捜査に着手していたことを考えると、右接見等禁止請求はむしろ右兇器準備集合被疑事実の捜査に備えてのものと窺われる余地も多分にあり、さらに勾留期間延長後傷害被疑事実についての捜査は被告人に対する若干の取調べを除いて他になんら行なわれたふしがなく、捜査は専ら被告人からの兇器準備集合被疑事実を中心とした自供調書の録取に集中されていること、ならびに前記の如き勾留期間延長請求書の記載内容に照らすと、右勾留期間延長請求の主眼も右自供の獲得にあつたのではないかと推認される。

そのうえ被告人の一二月三日付司法警察員調書の冒頭には、「逮捕後一三日間黙秘権を行使し、上野警察署留置番号一三八番として勾留されていたが、今までのことについて疲れたし全面的に話す気になつた」旨、また一二月六日付検察官調書の末尾には、「このようにして逮捕勾留されて取調べを受けている間に色々と説得され自分なりに考えた」旨それぞれ記載されており、また被告人は一二月一〇日兇器準備集合公訴事実による勾留にあたつての裁判官の勾留質問に対し、従来の捜査官に対する供述態度を一変し再び黙秘に転じ、以後公判段階においては一貫して公訴事実を争つてきており、このような被告人の心理や態度の変遷状況に徴すると、被告人の検察官および司法警察員に対する前記各供述調書にみられる兇器準備集合被疑事実に関する供述は、接見等禁止が続き勾留期間が延長される中で、弁護人の選任もないまま、捜査官側の度重なる説得追及の挙句、心身の疲労も深まり(ちなみに被告人の司法警察員に対する一一月二五日付署名拒否の供述調書によれば、当時被告人の健康にかなりの故障があつたことが看取される。)、遂に黙秘を解いて供述に及んだ結果であることが窺われる。

これを要するに、以上に指摘してきた諸点を総合して勘案すると、結局捜査官側においては、傷害被疑事実による強制捜査の機会を利用して兇器準備集合被疑事実につき被告人を取調べ、また被告人の側においても、傷害被疑事実のみならず兇器準備集合被疑事実についても強制捜査を受忍すべき義務があるとの認識のもとに右取調べに臨んだものと認めざるを得ない。

3  被告人の検察官および司法警察員に対する各供述調書の証拠能力

一般に、甲被疑事実についての逮捕、勾留期間中に、同事実についての強制捜査と併行して乙被疑事実についての捜査を行なうことは、それが任意捜査として行なわれ強制にわたるものでない限り、これを違法ということはできないが、さらに乙被疑事実に対する強制捜査が許されるかどうか、許されるとしてもそれは乙被疑事実が甲被疑事実とどのような法律上、事実上の関係にある場合であり、またその許される範囲と限度は如何等については、人権保障のため司法的抑制を貫き不当な強制捜査を排除しようとする令状主義の建前や、勾留の効力の及ぶ範囲を勾留状の基礎となつた被疑事実を規準にして劃し右司法的抑制を徹底しようとする勾留における事件単位の原則の見地等から、各具体的な場合毎にその実情に即して慎重に判断すべきものといわなければならない。

ところで、以上詳述してきた本件搜査の具体的経緯と状況のもとにおいては、被告人が前記傷害被疑事実による勾留状に基づき強制捜査受忍義務、即ち刑事訴訟法一九八条一項但書による出頭および取調べ受忍義務を負う範囲が、右被疑事実に関する岡庭父子に対する暴行、傷害行為それ自体のほか、右暴行、傷害行為をなすに至つた動機、経緯等右に付随する事情にまで及び得ることは当然肯認されるとしても、前記令状主義の建前や勾留における事件単位の原則の見地からすれば、その遡及には自ら一定の範囲と限度が存するものというべきである。殊に、前記勾留期間延長請求書の記載や、その段階における関係証拠資料の状況からみて明らかなように、未だ兇器準備集合被疑事実をもつて被告人を逮捕、勾留するに足りるだけの疎明資料を欠く状況のもとにありながら、いかにそれが悪質重要な公安関係事件に連がるものと目され、かつ社会的事実として時間的に連続する関係があるからといつても、右の範囲と限度を超えて、右付随事情の名のもとに、右傷害被疑事実それ自体とは時間、場所や罪種、罪質を異にし別個独立の罪を構成する兇器準備集合被疑事実についてまで、あたかも同被疑事実に基づく勾留状が発せられたと同様の状態のもとに被告人をおいて、被告人に対し出頭および取調べ受忍義務を強制することは許されないものというべきである。

そして前記2の諸状況を総合すれば、被告人の検察官および司法警察員に対する各供述調書は、少くとも兇器準備集合被疑事実に関す部分については、被告人があたかも右被疑事実についても勾留されたと同様の状態下で取調べを受けた結果作成されたもの、即ち令状主義を潜脱した違法な強制捜査のもとに作成された違法な証拠であり、結局その証拠能力を否定されるべきものと結論せざるを得ない。

三被告人の右各供述調書を除くその余の証拠による本件公訴事実の成否

被告人および証人茂庭主征の当公判廷における各供述、ならびに司法警察員作成の実況見分調書を総合すれば、被告人が前記一の1の上野公園前派出所北側付近から京成上野駅方面に通ずる段階下の都電通りに面した横断歩道渡り口付近で入り混つた若者六名中の一名であることは疑いないが、果して茂庭巡査が右派出所北側植込付近に屯しているのを認めた四名中の一名であるのか、また仮にそうでないとしても右六名が同一グループの者であるといえるかについては、なお疑問の余地なしとしないばかりか、たとえ右の点が積極に認められたとしても、右実況見分調書ならびに伊藤光平の司法警察員に対する供述調書、司法巡査作成の火炎びん発見状況報告書によれば、右派出所北側植込付近で発見された火炎びんは、いずれもビール大びんを利用したもので、ダンボール箱内に新聞紙等で間隙を埋めて格納されたうえ、広幅のガムテープでダンボール箱の蓋を厳重に密閉し、さらにその全面を商品用の包装紙をもつて丁寧に包装し、これを風呂敷で包みこんだものであり、このような包装状況に加えて、右上野公園は当日の実力闘争の中心地域たる日比谷地区等都心部を離れ、かつ時刻も午後一一時に近い深更であること等の諸事情を合わせ考えると、果して被告人において右風呂敷包みの内容が火炎びんであることを認識し、かつこれをもつて警備警察官に対し他人と共同して危害を加える目的を有していたかどうかについては、被告人の前記各供述調書を除くその余の全証拠を総合してみても、これを積極に認めるにつき合理的な疑の余地があるといわざるを得ない。

四以上の次第で、結局本件公訴事実については、犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡をする。

よつて主文のとおり判決する。

(柳瀬隆次 北島佐一郎 四宮章夫)

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